■ 『橋はなぜ落ちたのか 設計の失敗学』 (2001.10.20)



タコマ海峡橋
が崩落する衝撃的な画面は、建造物の事故が起きる都度、テレビで何回も放映された。巨大な吊り橋が突風によって揺すられ、やがて破壊的な揺れに広がる。路面が大波のように上下にうねり、ついにバラバラと海面に崩れ落ちる。画面では、設計ミスが破壊事故を引き起こした、と説明していた。「設計の失敗」の古典的事例として知られている。


本書は副題に、設計の失敗学と謳っている。原題は『設計規範――技術におけるミスと判断の歴史事例』(Design Paradigms:Case Histories of Error and Judgment in Engineering)。著者のペトロスキーは、米国デューク大学の工学科教授、構造設計の専門家である。

巨大吊り橋のような大規模技術をテーマとしているが、本書の目的は、設計プロセスにどのようにミスが入り込むかを解明するとともに、設計者が同様のミスを犯さないようにすることとある。ペトロスキーは、「技術発展の本質は、人間が失敗から学ぶことにある」、「単純な失敗を克服することで進歩してきた」、と繰り返し主張している。たかだか200ページほどであるが、エンジニアにとって奥深い本である。

設計とは、失敗を予測しそれを回避するプロセスだと言う。失敗を避けようとすることで、設計の成功が成しとげられる。成功よりも失敗からいっそう多くのことが学べる。タコマ海峡橋事故のように、ある構造物が崩壊したり設計が約束どおりに働かなかったとき、誰でもがそこから教訓を得て学ぶことができるだ。

本書には、橋梁のような大規模構造物が中心ではあるものの、古代ギリシャ、ガリレオから現代にわたって設計ミスの具体例が豊富に挙げられている。いくつかを抜き出してみよう。

1940年代にリバティー船で破断事故が多発したが、これは設計上のわずかな変更(リベット接合から溶接へ)によるものだった。鉄板を重ねるリベット接合は、一旦亀裂が生じても周囲の鋼への波及をくい止める効果があった。一方、溶接では亀裂がそのまま拡大し、さらに溶接の工程そのものが鋼をもろくしていた。この結果、状況によっては鋼鉄船がガラスのように破断したのである。建造方法を変更したときに類推を広く働かせる能力が必要であった。

視野狭窄の例。1850年に完成したブリタニア橋では、鉄道列車の重量を支えるために錬鉄の管(チューブ)で橋を架ける方式を初めて採用した。列車が管の中を通るという考えは完全に成功した。しかし、新しい設計プロジェクトによくある「視野狭窄」によって、錬鉄管に列車を通して海峡を渡らせるというただ一点に設計者が取り憑かれたため、効率性や使い勝手が考慮されなかった。錬鉄管が、全構造の費用のほぼ75パーセントを占めた経済的問題。また、蒸気機関車の排気が管内を煙と煤煙で満たし、乗客たちにとって少しも愉快なことではなかった。列車の乗客に対し橋はどのように機能するかについての考察が加えられなかったようである。

19世紀の偉大な橋梁技術者ジョン・ローブリング。彼の設計したブルックリン橋は、現在も技術的判断の記念碑としてニューヨークに架かっている。ローブリングは、過去の崩落事故を、単に吊り橋が鉄道列車を走らせるのに不向きである証拠とは考えなかった。事故は、崩落を防止する設計の施策を考慮するための先行する実験と見なしたのである。橋をうまく建設するためには、どのように失敗するかを予測しなければならないことを明確に認識していた。

1940年、開通後わずか数カ月に起きたタコマ海峡橋の崩壊は、全技術史で最も悲劇的な出来事の一つである。この崩壊事故は、構造を拡張するときに、「失敗の回避ではなく、成功のモデルに基礎を置いたことが大きな事故を招く」ことを象徴している。失敗のない――過去の成功モデルは、設計が完全であることを証明しない。なぜなら、潜在的な失敗要因が、まだ経験されていない条件によって引き起こされるかもしれないからである。成功したプロジェクトに含まれるもっとも意味のある設計情報は、どのような失敗回避の戦略が組み込まれているのかということだ。

著者は不気味な予想を紹介している。タコマ海峡橋のような大事故は、ほぼ30年間隔で起こっている。30年の間隔というのは、「ある世代の技術者と次世代の技術者のコミュニケーション・ギャップ」を示すものという。いま、斜張橋の建設が新しい橋の形式として進んでいる。斜張橋は次のような理由によって、2000年ごろに途方もない崩落事故を起こす可能性が高いと言うのである。
・いくつもの橋が何十年も架かっており実績があるため、新しい斜張橋の設計者たちが、より軽量で、もっと経済的で、さらに大胆なスパンに向かうことが予測される


◆『橋はなぜ落ちたのか 設計の失敗学』 ヘンリー・ペトロスキー著、中島秀人・綾野博之訳、朝日選書、2001/10

◆参考: 『失敗学のすすめ』はこちら


読書ノートIndex2 / カテゴリIndex / Home