■ 『やさしい日本語』 多文化共生社会へ (2016.10.6)








<やさしい>とは言いながら、視野が広く、考察の行き届いた内容である。これからの社会を、多文化共生社会ととらえること。さらに、やさしい日本語が、定住の外国人労働者ばかりでなく、その子どもたちに。さらには、障害者にまで広げる必要があること、等々示唆を受ける場面が多々あった。



多文化共生社会を実現するためには、<やさしい日本語>という考え方を取り入れなければならない、というのが本書の主張だ。いま、人口減少を背景に移民受け入れの議論が盛んになっている。受け入れには、ことばの問題を解決しなければならない。地域社会で共通言語になりうるのは、英語でも普通の日本語でもなく、<やさしい日本語>だけである。移民とその子どもにとどまらず、障害をもつ人にも、<やさしい日本語>は価値をもつものである。

<やさしい日本語>には、3つの性質が求められるという。@初期日本語教育の公的保障の対象――日本で生活する上で最低限必要な日本語能力を公的に保障すること。A地域社会の共通言語――英語は共通言語にはなり得ない。定住外国人にとって英語は得意な言語とはかぎらなので。B地域型日本語教育――学校型日本語教育とは異なる独自の初級の文法シラバス(文法項目の種類と提出順をデザインしたもの)が必要だろう。

<やさしい日本語>は、中級の学習者に必要な文法項目を抽出することから始まった。言語を構成する基本的な要素のうち、文法と語彙には、2種類ある。意味がわかればいいものと、意味がわかった上で使える必要があるもの。前者を「理解レベルの要素」、後者を「産出レベルの要素」という。やさしい日本語で重要なのは理解レベルより、産出レベルである。産出レベルで必要な項目数はかなり少ない。

また、簡潔性を保障するために1機能1形式という考え方をとっている。ほぼ同じ意味を表す文法形式が複数ある場合は、そのうちの1つだけを採用すること。たとえば、条件を表す表現には、「と、ば、たら、なら」などがある。その中から、「たら」だけを採用するということだ。

完成した文法シラバスは、見開き2ページのコンパクトなもの。2つのステップに分かれ、理解レベルと産出レベルの区別を考慮して、作られている。これだけの文法形式があれば、日本語で森羅万象を表すことが可能であるという。日本で安心して生活するために最低限必要な日本語を習得できる

漢字がもうひとつの障壁。小学校6年間で学ぶ1000字ほどの漢字を、外国にルーツをもつ子どもたちは場合によっては中学入学後の2年ほどで身につけなければならない。単語を覚えるのと、その表記である漢字を同時の覚えねばならない。日本人の子どもたちとは異なる漢字教育のシラバスが必要だ。

<やさしい日本語>は決して、外国人に譲歩するものではない。これから変な日本語を耳にする機会が増えるだろう。重要なのは、変な日本語をはじめから拒絶するのではなく、相手は何を言おうとしているのかを理解しようとすること。日本社会は、たかだか「てにをは」の違いにすぎないことをあげつらって、マイノリティーに生きる希望を失わせていないか。教えるのではなく、お互いに学び合うのだという意識を持つことが大切だ。


◆ 『やさしい日本語 ―多文化共生社会へ』 庵功雄、岩波新書、2016/8

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