■ 『こんなに変わった理科教科書』 理科工作はどこにいった ?  (2022.12.9)








著者は中学高校教員として理科教育を実践する立場にあったそうだ。また、大学院生や大学教員として理科教育を研究するなど長い期間を理科教育に携わってきた。本書では、戦後の理科教科書の内容が、小学校・中学校をメインとして、どう変わってきたかをたどっている。なかなか厳しい評価があります。


戦後の学校教育はアメリカの教育に強く影響を受けてスタートした。生活経験を重視し、子どもの興味・関心を出発点にして生活の中から疑問を見出しそれを解決しながら、さらに新しい疑問を見出すという方式だ。この「生活単元学習」は、学習内容が多すぎ、しかも理科の基礎概念が生活単元の各所にバラバラに配置されて学びにくいという批判を受けた。
  わが国の理科教育にはものづくりの伝統があったという。小学校教科書には、理科工作として、よくまわるこまづくり(2年)、糸でんわ(3年)、電磁石づくり(6年)など。これらのほとんどは、いまや教科書から姿を消している。工作は、図工・美術や技術・家庭の分担ということか。紙飛行機や竹とんぼづくりは理科工作であって、流体力学の理論を教えるのが目的ではありません。「できるだけ遠くまで飛ぶものをつくろう」とか「滞空時間を長くしよう」と呼びかけて、うまく飛ぶよう経験的に工夫させることである。子ども達には頭と手を活躍させてものづくりに積極的に参加してほしい。

かつては、自転車をテーマにした学習が小学校でも中学校でもありました。自転車は子どもにとって非常に身近な存在。回転する車輪は、倒れそうになると進む方向が変わって倒れないですね。車輪が速く回転すればするほど、この力が強くなる。自転車の倒れないわけ、走るしくみ、軽く動くしくみ、等々。実験をもとに、自転車のどこにどんなしくみがあるかを調べるのだ。生物の授業では、解剖体験でフナやカエルが取り上げた。2000年代のゆとり教育の時代には、カエルの解剖などは教科書からドロップだ。
   新しい科学知識はドンドンとり入れられた。山ができるしくみは現在の中学校理科の教科書ではプレート・テクトニクスによる説明が全盛だ。生物では、DNA、染色体の基礎、遺伝子の発現、さらにゲノムについて学ぶようになっている。

学習指導要領は小学校から高校までの教育を広い範囲にわたって事細かに示している。わが国の教育をほぼ10年間にわたって縛りつけることになる強力なものだ。基本的に学習内容は学習指導要領に準拠し、教科書は10年ごとに切り替わることになる。
  例えば、中学校では「探究の過程」が指導されている。理科教育は知識を身につけるより、態度こそが大事だという考えだ。現代の情報化が進む中で、知識の交代、陳腐化がますます激しくなる。だから、知識を身につけるよりは、知識を処理したり獲得したりする能力こそ必要だと。探究の過程とは、測定する、グラフ化する、モデル化する、式で表す ――などのプロセススキルに注目すること。これで理科教育は「問題の発見→情報の収集→情報の処理→規則性の発見」といった定型化した流れでの学習となる。

理科教育の内容はすぐに陳腐化するようなものではないと、著者は言う。堅固で適用性の高い基礎的なものなのだ。知識から独立しての科学的態度や方法があるのかと、疑問を呈する。そのような「科学の方法」とやらが全面的に展開されて、理科嫌いが増加した懸念があると指摘する。知識から切り離されたこの定型的な方法は、ニセモノであると考える。自然科学者はこのような定型にしたがって探究していない。唯一の科学的方法といったものは存在しないのだ。

理科が難しくて分かり難くなっていったのは、高度なことを教えてきたからではない。雑多な知識をバラバラに細切れに教えてきたから。知識の非系統的な学習ではなく、より基本的で役立つ知識を、使いこなして身につけられるようにすることが大切。もともと子どもたちは知りたがりである。未知への探究行動性をもっている。わからない物事がどうなっているかを探りたい気持ちがある。好奇心いっぱいで未知への探究行動性をもっている、そういう大人が理科好きの子どもを育てられるのだ。

「センス・オブ・ワンダー」(レイチェル・カーソンの言葉だったか)を大切にしようという。自然の中で、おもしろいな、不思議だな、という体験をたくさんすること。その原理や法則を勉強することで「あっ、そうだったのか!」とわかること。自然の中でおもしろいことを発見したり驚いたりする体験は知識を裏づけるものへと発展する。
   現代社会は科学と技術が社会のさまざまなところに深く広く入り込んでいる。日常生活を営むにも自然科学の知識が求められる。子ども時代に自然科学を学習することは、食物・空気・水などについて、役割や仕組みなど、基本的な科学知識の獲得につながる。身のまわりで起こる水質汚染や大気汚染といった公害問題、騒音問題や自然災害の発生などの、地球環境問題にも関心を持つことが求められる。


◆ 『こんなに変わった理科教科書』 左巻健男、ちくま新書、2022/4

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