■ 『奇跡のフォント』 教科書が読めない子どもを知って ―UDデジタル教科書体 開発物語  (2023-6-30)






パソコンの黎明期、デジタルフォントにはビットマップ方式(16×16とか24×24)が採用された。この方式には拡大や縮小が難しいという欠点がある。次第にアウトライン・フォントに取って代わられる。輪郭線によって文字を表現する方式である。文字の輪郭にそってアンカーポイント(固定点)が定められ、それらを直線やベジェ曲線(数式によって描かれた曲線)でつなぐのだ。

さまざまなデジタル機器に向けて各種のフォントが開発されたが、やがて、ユニバーサルデザインが浸透してくる。ユニバーサルデザイン(UD)とは、あらゆる人々が利用しやすいようにシステムを設計する概念である。たとえば、わかりやすいエレベーターの操作ボタンとか、シャンプーボトルの側面の凹凸(触っただけでリンスと区別できる)などである。1985年にアメリカの建築家ロナルド・メイスが提唱した。


日本では90年代、高齢化の上昇に伴って注目をあびた。文字については、年寄りでも見やすく、表示パネルから離れても読みやすいフォントが求められた。英数字の区別とか、濁点・半濁点の誤認をなくすことが必要。フォントメーカーのイワタとパナソニックが「高齢者でも読みやすい家電製品の操作パネル用の文字」として共同開発した「イワタUDフォント」が端緒だ。

著者はフォントメーカーのモリサワで書体デザイナーとして、長年UD書体の改善にに取り組んできた。障害者施設を訪れたある機会に、忘れられないショックを受けたという。
……障害者施設のベテランの女性スタッフが、こんな話をしてくれたという。「うちにディレクシアの小学生の男の子がいるんです。普通の本や教科書では文字がうまく読めなくて、「どうせおれには無理だから」って、いつも途中で読むのを諦めていたんです」。「あるときUD教科書体のことを知って、試しに教材のフォントをそれに変えてみたんです。そしたら教材を見た瞬間、その子が『これなら読める!おれ、バカじゃなかったんだ!』って、顔がぱあっと明るくなったんです。
その顔を見たとき、思わず涙がこみあげてきたという。今まで男の子が悔しい思いをしてきたのを知っていたから……。
この衝撃が著者を、障害者向けのフォント開発に駆り立てる大きな原動力となった。

ディスレクシア(発達性読み書き障害)とは。文字の読めない子どもたちがいる。文字が重なって見えたり、似た字の区別がとっさにできなかったり、文字を見ても何と読むのか一瞬考えてしまったり。教室で順番に朗読するような場面だと焦るあまり、文字がゆらいだり、ねじれたり、反転して見えることさえある。こうした障害を文字をすばやく、正しく、疲れずに読むことに困難のある、学習障害の一つがディスレクシア(発達性読み書き障害)である。メカニズムはまだ完全にはわかっていない。ディスレクシアは知能レベルや勉強不足が原因ではない。会話だけならまったく問題はない。話の内容も理解できる。会話を文字にすること、文字を読み上げることに大きな苦労を伴うのだ。

「教科書体」は、筆の筆法が残る楷書体をベースにしている。線の太さに強弱がある。教育現場では学習指導要領に沿って文字の形や運筆を教えなければならない。このような改善を経て、ついに2016年6月UDデジタル教科書体がリリースされた。ロービジョンやディスレクシアの子どもたちにとって福音である。UDデジタル教科書体は、読みやすさ、学びやすさ、教えやすさといった機能にこだわって開発された唯一無二のフォントである。フォントによる社会貢献のあり方についてひとつの方向性を示した言える。UDデジタル教科書体は、Windows10にも標準搭載された(2017年)。

フォントについて誰にとってもどんな場面でも読みやすい完璧な書体などというのはあり得ないと、著者は強調する。大きく見えるゴシック体のほうが読みやすいという子どもたちもいる。日本は識字障害への対応が遅れているが、自分の読みやすいフォントを選択できるような環境が広まってほしい」と。



◆ 『奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語』高田裕美、時事通信出版局、2023/4(時事通信社・1980円)

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