■ 『発想の航空史』 ライト兄弟の開発戦略 (2022.2.2)






著者・佐貫亦男さんのエッセイ――ドイツ製品へのオマージュを捧げたものなど、にはかねてから熱心な読者であった。
今回は1995年の旧刊であるが、著者得意のテーマ「ヒコーキ」である。技術的ポイントを的確に提示して読者の好奇心を満たしてくれる。


ライト兄弟は20世紀最大の発明である動力飛行機を実現した。初飛行に成功したのは 1903年である。
兄ウィルバーが飛行機開発を思い立ってスミソニアン協会へ文献を要請したのは1898年。
まず凧の実験からスタートする。複葉凧の主翼へねじれを加えることがポイントだった。
主翼両端後縁を左右舷で互いに反対にひねって横ゆれモーメントを発生させる操縦方式に取り組み、方向舵を加えて旋回を実現できた。

兄弟が、飛行機の操縦――とくに旋回に「主翼ねじり法」を採用して実現したことが、成功の第一歩だった、と著者は云う。
ライト兄弟以前には、ドイツのリリエンタールは、ハンググライダーを開発している。
彼の飛行操縦では、下半身を左右に振ってバンク(横傾斜)し旋回した。この飛行法が、兄弟らの操縦法(主翼ねじり)へのヒントとなったのだろう。

 
  ライト・フライヤー1号

主翼ねじり法とは>
細長いボール紙角筒 (チューブをたたんで収める) をねじると、左右両半部の一方が上がり、他方は垂れ下がる。
このとき角筒の上下面を複葉上下翼、前後面を複葉の前後翼間支柱列と考えると、ねじることで、左右舷取り付け角が反対に増減する。
⇒ねじった状態で、角筒の開いている両端をのぞくと、一端で菱形、他端では向きが反対の菱形になる。つまり両端の開いている長方形を、一端で菱形にし、
他端では反対向きの菱形にすれば角筒はねじれる。さらに長方形を菱形にするには、対角張線の一方をゆるめ、他方を引けばよい。


この作動機構を複葉凧に応用して、翼組みをねじって風の中で効果を観察して。確かにこの方式によって横ゆれモーメントが発生することを発見した。
兄弟は主翼ねじれによって横ゆれモーメントが発生することを最初から考えていたのだ。このアイデアは疑いなくタカかトビの飛行を観察して着想したと思われる。
やがてグライダー飛行で主翼ねじりと同時に尾部の方向蛇を操縦して釣り合い旋回を実現した。

ライト兄弟は初飛行の翌1904年に、この主翼ねじりを特許として申請する。基本請求範囲として主翼取り付け角を左右舷で反対に増減する方式とした。
アメリカの特許審査官は、この原理を基本請求範囲に含めて許可してしまう。トビやタカの飛行を知らなかったのだろう。
主翼取り付け角を左右両舷で互いに反対に変更することは鳥でも実行している。あきらかに原理であった。兄弟は、動力飛行機の基本特許を取得したと信じたのだ。

特許が認可されたあと兄弟はライバルメーカーを容赦なく告訴した。アメリカ国内の特許抗争では兄弟の勝利が続く。
ほかの飛行機開発者たちもモグラたたきにあった。ライト兄弟の特許におどかされてすっかり縮み上がり、みな退場してしまった。
この結果、アメリカでは飛行機産業は育たず、第一次世界大戦が終わるまで航空二流国となってしまった。

アメリカは第一次世界大戦で連合国へ供給する機体を開発できなかった。生産した機体はすべてイギリスやフランスのライセンスによった。
アメリカがこの状態から抜け出したキッカケが、1927年のリンドバーグの大西洋横断である。リンドバーグの成功は信頼性の高いエンジンの勝利であった。

このエンジンの成功はアメリカ機械産業の勃興、とくに銃器生産の伝統によるものだ。ピストルなどの銃器では部品の互換性が厳重に要求され、かつ大量生産製品である。
だから航空エンジンの基盤となったのだ。例えば、プラット・エンド・ホイットニイ社の創立は、コルト・ピストル工場の職人だったフランシス・プラットと、エイトモス・ホイットニイによる。


◆ 『発想の航空史 名機開発に賭けた人々』 佐貫亦男、朝日文庫、1998/11 <単行本:1995/11 朝日新聞社刊>

【著者紹介】 佐貫亦男 (さぬきまたお) 1908ー1997
航空技術者、航空宇宙評論家、作家、エッセイスト。東京帝国大学卒業後、日本楽器製造(現ヤマハ)に赴きプロペラの設計を行う。1941年 ドイツに出張しユンカース社からプロペラ技術を導入。
戦後は気象庁で風速計の開発に携る。その後東京大学教授、日本大学教授を務める。『引力とのたたかい−とぶ』で日本エッセイストクラブ賞受賞。著作は専門の航空工学やロケット工学から生物学、
アルプスの山歩きにまで。ドイツカメラへの造詣も深い。晩年は航空評論家として活躍。随筆集「ヒコーキの心」シリーズを刊行。航空機への愛情があふれている。

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