■ 『デジタル化する新興国』 先進国を超えるか 日本はどうする (2020.12.16)







デジタル技術の進化は、新興国・途上国を劇的に変えつつある。既に、中国やインド、東南アジアやアフリカ諸国は、モバイル・インターネットやクラウド・コンピューティングを活用した、最先端技術の「実験場」と化している。新興国・途上国の「可能性とリスク」は世界に何をもたらすのだろう。雇用の悪化や、監視システムによる国家の取り締まり強化など、負の側面も懸念される。新興国・途上国に元来あった可能性だけでなく、脆弱性までもがデジタル化によって増幅される。


日本はこれまで一定の立脚点から新興国に関与と貢献をしてきた。先進国と発展途上国が二極化していた南北問題の時代には開発援助を通じて、工業化の時代には「先進工業国・日本」として関与。1990年代に日本経済は停滞の時代にはいった。いまや日本は他の国々がやがて直面するだろう少子高齢化や成長率停滞という課題への対応例としての役割――課題先進国として――が目立つようになった。これから、日本がとるべき戦略はあるのか、どんどん新興国に追い越され埋没するのではないか?というのが本書を読んだ強い感想である。

日本には、新興国の「可能性と脆弱性」に目を向けたアプローチが望まれるだろう。「共創パートナーとしての日本」である。日本国内のデジタル化は遅れていると言わざるをえないが、問題意識のアンテナを広げ新興国に学ぶことが大切、そして日本国内に環流させること。デジタル化をめぐるルール作りには積極的に参画しよう。対等な目線で、望ましいデジタル化社会を創るという姿勢だ。

インターネット業界には、「タイムマシン経営」という言葉がある。シリコンバレー地域で開発された先進的なサービスが世界に広まるパターン。孫正義は「米国で成功している新事業をタイミングを見て国内に展開するタイムマシン経営を展開する」と言っている。中国では2000年代にシリコンバレーモデルを模倣する企業が群出した。模倣スピードは素早く「超高速タイムマシン経営」と呼ばれた。

こうした模倣と経営モデルの導入を通じて、後発の国・企業が先発国に急速に追いつく傾向がある――「後発性の利益」だ。後発国は先発国が確立した技術や経営方式を、前世代のレガシー財産がないために、まったく新しく導入し急速に事業を成長させ先発国を追いかけ追い抜くことができる。新興国で固定電話を飛び越えて携帯電話が普及した事例がそうだ。

一方で新興国の強みは最終ユーザーとの接点だ。多数の人口を抱えるからこそ、新たなサービスが育つチャンスがある。新しいサービスが新興国の間で横展開し、さらに先進国にも逆輸入されつつあるのは、デジタル経済の巨大な実験場として、新興国が優位性を発揮しているから。それだけ現場での試行錯誤の回数が多いからだ。コンピューター科学者の坂村健は「イノベーションを達成するには、単にやってみる回数を増やす以外に王道はない」という。既知の正解がない領域では試行錯誤が必須なのだ。

電子商取引が普及する中でのボトルネックは、現実に商品を自宅まで宅配する物流である。特にラスト・ワンマイルの輸送に問題が集約されている――つまり末端の配送拠点から各戸まで。これは日本でも新興国においても変わらない。中国の電子商取引業界でも物流は大きなボトルネックとなってきている。

デジタル社会のサービスが成り立つためには、背後に基幹的技術とインフラが必要である。スマホに内蔵されている半導体は高度な微細化技術と設計技術によって実現している。通信インフラの背後には、無線、光通信技術がある。多くのモバイル・インターネット・サービスは大規模なクラウド・データセンターに支えられているのだ。ソフトウェアの背後には開発環境も必要である。また、GPSを活用してサービスが成り立っていることもある。これらの基幹的技術やインフラは先進国企業によって開発されてきたものだ。新興国企業から見れば参入が難しいこのような領域が存在する。

デジタル経済を構成する3階層のうち、基盤は物理層である。光ファイバー網や無線通信を利用してネットワークが成立する。物理ネットワークを利用して、最上層のアプリケーションが活動するためには、ミドルウェア層と呼ばれるOSが必要になる。新興国企業の活躍の場はおもにアプリケーション層であり、ミドルウェア層では先進国企業の存在感が圧倒的に大きい。新興国の脆弱性の一つである。

プログラマーの人口比率は新興国でも課題である。総じて新興国では低い。デジタル経済の階層のなかで役割をさらに広げるためには、より多くの技術者の育成が必要である。プログラムコード作成を管理する世界最大のサービスであるGitHubのユーザ登録数(2019年6月時点で集計)を見ると、人口100万人当たりの数字で、アメリカや北欧では2000人を超えているが、新興国は低い。中国は130人、インドも131人、携帯端末が広く普及した一方で開発者はいまだ人口比でごく少数なのだ。

◆ 『デジタル化する新興国 先進国を超えるか、監視社会の到来か』 伊藤亜聖著、中公新書、2020/10

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