■ 高城重躬の功績 (1999.9.19)





高城重躬(たかじょう・しげみ)の訃報を聞いた。昭和30年代、オーディオに手を染めた人間にとって、忘れられない名前である。原音比較による再生音の追究、独創的なホーンシステム、ピアノに対する強い愛情等々。

雑誌『レコード芸術』や『ラジオ技術』にも健筆を揮った。なかでも『ラジオ技術』に連載した録音評は50年近くにわたったのではないだろうか。次の文章はそのコラムから手元にあったのを抜き出したものである。思わずレコード屋に走って行って、CDを買って来て自分の再生装置で聴きたくなる誘惑的な文章だ。またスコアを見ながら聞いて時間も記録している、実に細かく親切な録音評である。

ホルスト:「惑星」 デュトワ/モントリオールSO CD<ロンドン F35L20085>

ホールの雰囲気を豊かに醸す中でのなめらかで多彩な響きが、この曲にぴったり。各楽器がとけ合いながらも鮮明、"火星"冒頭からずっと続くドラのトレモロも、その効果を示すし、金管が活躍しても他を打ち消さず、1'52"から登場するオルガンも効果的。3'05"のオルガンを含むffの和音など分厚い響きが部屋を埋める。一方"金星"におけるホルン、木管群やハープのやわらかな響きの美しさもひとしお。"水星"の軽やかな木管やほのかに光るチェレスタ、デリケートなヴィオリンのフラジオレットなど、ヴェールをとおして聴こえる思いで、その絶妙なppは無類といいたいほど。"土星"の重くて暗い色彩もよく出て、最終部ではオルガンの最低音Cがppながらゆるがせるように鳴る。このあたり再生装置の決め手にもなりそう。

ただ不思議なのは、終り近くでチェレスタがきらめいたあと、次の小節6'56"からハープのグリッサンドがはじまる筈なのに鳴らず、次の小節の6'59"からはじまる。ppのことだし大部分の人が気付かぬことと思うが、これはデュトワが意図してのことなのだろうか?

(『ラジオ技術』CD・LP新譜録音評、1987/5)

自作のオールホーンの4チャンネル4ウェイ・システムは、タカジョウ・システムと呼ばれてマニア垂涎の的であった。またシステムを構成するオーディオ機器が独創あふれるものである。コンクリート・ホーン、糸ドライブ・ターン・テーブル、アルミくり抜き高音ホーン、エクスポーネンシャル・ホーン、マルチ・チャンネル・アンプ駆動、ベリリウム振動板、パーメンジュール磁石、等々枚挙にいとまがない。

音は、単なる空気の振動で物理現象である。従って数学的に割り切った手法で対処できるはずだ。その検証方法は、原音と再生音をその場で比較すればたちどころに優劣を判別できる、という原音主義である。虫の声をテープレコーダで録音し、その場で再生してすぐ比較するのである。高音ツィータの良し悪しは、一聴瞭然というわけだ。動くものはあくまで軽く、そして強く。理論式に則って作るという精神。当時、NASAの最新技術であったベリリウムを高音ドライバの振動板に採用した理由もそうだ。

土地成金でもないし医者でもない、単なる一介の高校の数学教師ということに、また共感があった。住宅金融公庫で家を建て直して、コンクリート・ホーンを据え付けたとか、退職金でスタインウェイのフルコンサートを買ったとか。これらの記事を読むたびに、大きな夢でもずっと持ち続ければいつか叶うときが来るのだ、との希望さえ与えられたのである。オーディオ・マニアを鼓舞した力は大きかった。

今、デジタルが真っ盛りの時代。高城重躬の提唱した「原音主義」の偉大さを改めて思う。

高城重躬 (たかじょう・しげみ) :音楽・オーディオ評論家。1999年8月4日午後3時20分 東京目黒区の病院にて肝不全のため死去。87歳。明治45年東京生まれ。昭和4年、東京高等師範学校理科(数学)に入学。傍ら東京音楽学校(現芸大)選科に通う。都立三田高校数学教師、都立深沢高校校長を歴任。
一方で日本のオーディオ界の草分けとしても活躍、音楽に対する深い造詣と独創的な「ホーン・システム」の設計、開発を通して、日本のオーディオ界に多大の影響を与えた。昭和58年勲4等瑞宝章。著書に『音楽を聴くオーディオ再生』(音楽之友社)、『スタインウェイ物語』(ラジオ技術社)



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